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Hedi Slimaneは不変の
カリスマであり続けるか
変わらないことの功罪

「変わらない」という言葉の持つ二つの
側面はファッションにおける賛否両論

Dior hommeで一世風靡したHedi SlimaneによるSaint Laurentは前進なのか、後退なのか。現状維持がベターなファッションの悲哀

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2012年3月、約3年間の沈黙を破りHedi Slimaneがイヴ・サンローランのクリエーティブディレクターとしてファッションシーンにカムバックすることが発表された。

Dior ではメンズにおいて一世を風靡しながらもレディースには先日Maison Martin Margielaのクリエーティブディレクター就任が発表されたJohn Gallianoが君臨していたため、ブランド全体の統括までには至らなかったが、今回はメンズ・レディースを含むすべての領域を統括することを許されたということもあり、3年前までDior Hommeに熱狂していたHediチルドレンたちは沸き立ち、そして、ほぼ同時期に同い年のRaf SimonsのChristian Diorのクリエーティブディレクター就任が発表され、業界は色めき立った。

Raf SimonsにはJil Sanderでのレディースコレクションの経験があったが、Hedi Slimaneはコレクションとして発表した経験はなく、どんなコレクションになるのか多くの人が想像を巡らせたことであろう。

Hedi Slimaneはブランド名をサンローラン・パリへと変更し、自らのアトリエがあるL.Aを拠点として制作され発表されたコレクションは子供たちの期待を裏切らなかった。

それはまさにHedi Slimaneの世界。もしくはかつてのDior Hommeの世界が、そこにはあった。

個人的には、「やっぱりそうか」という落胆にも似た感情がこみ上げた。もはや、これはYves Saint LaurentではなくHedi Slimaneというブランドのショーだと思ったのは私だけではないはずだ。

ある程度予期していたとはいえ、ここまで変わらないものかと思うとともに、サンローランとしてはこれでよかったのだろうかと懐疑的な思いに駆られたことを覚えている。

しかし、そんな不安などどこ吹く風と言わんばかりにビジネス的にはまずまずの成功を収めているようで、今なお世界中にチルドレンが大勢いることは明らかだ。

 

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http://www.vanityfair.com/

 

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http://31.media.tumblr.com/

 

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http://41.media.tumblr.com/

 

私が初めてHedi Slimaneのクリエーションを目にしたのは、彼がGucciによるYves Saint Laurent買収のドタバタ劇をキッカケとして手掛けていたメンズのディレクターを辞任し、Dior Hommeのクリエーティブディレクターに就任した際であったと記憶している。

彼はDior hommeでの活躍が取り上げられるが、前述のようにDiorの前にはYves Saint Laurentにおいてメンズウェアのデザインを担当しており、そこですでにDior Hommeで完成さることになる世界観の一端を垣間見ることが出来る。

 

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L)http://firstview.com R)http://firstview.com

 

雑誌の特集として、大々的に扱われていたDior Hommeを見たとき、Diorがメンズでこんな服を作るのかと驚くと同時に、打ち出されていた「少年性」をまとった「ロックテイスト」のファッションは、どこかRaf Simonsの世界観に通底しているようにも感じ、Raf Simonsを好んでいた

私としては困惑したが、Hedi Slimaneが打ち出したスーパースキニースタイルは、具体的なイメージの強さを持っており、当時の時流と相まってその後ビッグトレンドと化していった。

 

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表参道や青山などを歩けばDior Hommeのコレクションルックそのままの格好をした者も見られ、メンズファッションにおいてスキニーというスタイルは今やスタンダードと言っても過言ではないまでに定着した。

「世界一高いロックスターの衣装」と揶揄されながらも、自身がユースカルチャー、特にUKのインディーズロックシーンに傾倒し作り上げた服には圧倒的なリアリティがあった。

街で自らモデルをハントし、そのモデルに合わせて服を作り、そのままランウェイを歩かせてストリートスナップでも撮るかのように撮影するという手法によってリアリティという圧倒的なイメージを手にしたDior Hommeは、メンズファッションシーンにおいてしばらくの間、一強他弱の構造を作り上げていった。

 

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こうした、イメージコントロールの巧みに関していえば、Raf SimonsよりHedi Slimaneの方が優れていると思う。

これはHediの経歴にも関係しているのかもしれない。

例にもれず、彼もファッションデザインの正規教育は受けていないが、彼の場合、それだけではなくフランスの超難関エリート校であるグランゼコール・パリ政治学院を卒業し、ルーブル美術学院で美術史を学んでいる。

このパリ政治学院は歴代のフランス大統領や大臣、官僚を数多く輩出している有名校で日本で言えば東大法学部といったところだそうだ。

ちなみにChristian Diorも同校の卒業生であるのは何かの因果だろうか。

これは、深読みが過ぎるかもしれないが、政治には不可欠なイメージコントロールを学んでいる可能性が高く、パリ政治学院においてその重要性と有効性を学んだとしたら彼はイメージコントロールに長けた政治的思考を持ったクリエーティブディレクターということにはならないだろうか。

Raf Simonsが自身もアートの持つ抽象性や創造性に魅せられて、抽象性が高く感傷的とも言えるコレクションを発表してきたのに比べ、Hedi Slimaneはロックやヒッピーなどの具体性が強くリアルティあるイメージを、Christian Diorという世界に冠たるメゾンが持つ技術によってモードに昇華していったことからも、

同じ「少年性」や「ユースカルチャー」にインスパイアされたファッションを創造していながらも両者が決定的に違う部分なのであろうと思う。

また、Hedi Slimaneがファッション以外に写真というメディアを通じて多くの作品を発表しており、その作品からはある種、フォトジャーナリズムの雰囲気すら感じる。

 

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常に変化を求め、変わり続けることが求められるファッションの世界において、変わらないことがカウンターとなり価値を持っている現在のHedi SlimaneとSaint Laurent。

変化するものだけが勝つとは限らないのだ。後退するならくらいなら変わらない方がいい。

そして、変わらないことが価値を持つときが訪れる。そう、シーラカンスの様に生きた化石になればいいのだ。

「絶対的な勝利など有り得ないのなら、周りが朽ちるまでこのままじっと耐えて見せるさ」

と言わんばかりの変わらずの精神。

ファッションは巡る。その周回速度は増すばかりだ。

もしかしたら、またすぐにHedi Slimaneの時代が来るかもしれない。