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John Smedley
神経に羽織らせる糸

出来ることが多くなったのかないのか
何かをしなくてはいけなくなったのか
水の流れのように正しさを求めている

火を熾すのと同じようにひとびとがあつまるのはそこに温もりの系譜があるからである

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アイルランドには家のものに編んでもらうニットが、航海の無事を、子どもの成長を、
人生を見守ってくれるという風習があります。
旅に出るものも、それに適った編み地があるといいます。
それはつまり、ニットはまた、その人その人、一人ゝ自身を現す
鏡の役割をはたしているということにつながるのかもしれません。

 

偏にニットと言葉で包んでみても、世界中にはあらゆるものがあります。

それゞに古い言葉の系譜が備わっているのと同じように、
人々の伝えたい思いやりが集約されるスローモーションのファッションがあり得るのです。

多くオートメーションの進んだ近代工業製品、著しく効率化を早めた結果が
「○○をする必要がない」や「手間いらず」といった、早く物事を逐えることにあり、
短縮することに意味を持たせてしまってることも、一つの端的な無闇さでもあると考えられます。

そして、この○○しなくても良くなったのオブジェクトに代替されるものが、
私たちの生活ではないと言い切ることは難しいことです。

しなくてもよくなったの果に、その空いた時間で
ほかの何かをしなくてはいけなくなったのではないでしょうか?

フルオートのクリーナーをかける代わりにテレビを見なくてはいけないし、

オーブンレンジが加熱する間にチルアウトしなくてはならない。

形態安定シャツのためにジャズとプレスのあたえる時間の記憶を失ってしまいました。

出来ることが多くなったのか、代わりに出来なくなったこともたくさんあるのです。

そのひとつが人心地をつけるつながりなのだと思うのです。

 

the tree of life

the tree of life

http://www.johnsmedley.com

 

そうして、ふわりとしたやわらかさを思い出させてくれるニットにはそれを埋めるに十分な触れ心地があります。
そこには自然なバランスを呼び起こす、人をつなぐ糸の存在が本位としてあるためです。

 

産業革命が起き、起きたからこそ、最先端から切り取られたイングランド。そこから聞こえてくるのは機械でさえも豊かな糸をつないでいるということ

 

 

シーアイランドコットンという羽衣を合せていると、普遍という意思が身体を通して伝わってきます。

いかに文明が発達しようと、物事の利便性が向上しようとも、それを受け取るのは、すべて私たち自身にあります。

もちろん、目まぐるしく進みつづける世界を上手に追従することも自由思想の一担手です。
しかしそれでも、受け取る側が目を高くして、広きを見、そのままの速度で
価値を捉えることが失われつつある現代で、偉大な非協調は遅鈍なままの感性なのかもしれません。

 

今日からそう遠くない昔、こうした粗野な感覚が始原の支えとなって、一着の服に願いがこめられました。

アダムとイヴが美味しいリンゴを頬張った時に、もしも「人」が生まれたのならば、
2人は大きな笑顔であったことでしょう。

この世界を生んだリンゴの木こそ、象徴です。

木は家族の中心に据えられて、人をつなぐ糸はこうしたプリミティブな時間を経て現れました。
古いアランニットの模様つけされた「Tree of Life」には家族の幸福が描かれたのです。

 

最も古く、最も上質なファインゲージニットはダービーシャーから、
家族という最も信頼のおけるつながりから生まれます。

ハリスツイードと並んでイングランド最古の「John Smedley」の商標が紡ぐのは、
ファッションというよりも、むしろ真性という完全なのです。

 

the tree of life

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http://www.johnsmedley.com

 

John Smedleyが築き上げた歴史とは手作業と、その時代ゝの編み機の革新による
最高品質を保持するという姿勢だと言ってもいいのではないでしょうか。

ロイヤルワラントに裏付けされた手仕事の技術と、機械という道具を心地よくつなぐのも、また人と人の糸なのです。
1950年代に導入されたS.A Monk社製の編み機が代々の職人の手に大切に扱われ、
現在も使用されていることが何よりのつながりだと感じるのです。

 

the tree of life

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http://www.johnsmedley.com

 

John Smedleyのニットには何のギミックもなければ、人々に、自分が何者なのかという
聞き飽きた決まり文句を求めることもありません。
たった一着の服に自分らしさのアイデンティティを求めるのは、正にそれが欠如しているからに違いありません。

John Smedleyは水の流れのように正しく考えることを求めています。

このファインゲージニットに、私たちは2つの選択をしなくてはいけません。

私たちが持っているのは、色とサイズこれだけなのです。

それも、個人に合ったサイズはやはり唯一のものでしかあり得ないので、
結局のところ、色をみるという一点につきます。

何かを出来るように/出来ないようになったと思われることと同じ次元で、
複雑すぎる分岐点は無限のゼロに塗れてしまいます。

色を選択するという、ただの4歳児には簡単なことも、今日の私たちには最も難しいことのひとつです。
しかし、その難問の向こう側に明かれた普遍の真実に、私たちが人と風土、
流れる時間とのつながりを取り戻せることが保証されているように思います。

 

the tree of life

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http://www.theblogazine.com

 

アイリッシュのフィッシャーマンの姿を写した古い写真のなかには、
そんなニットの風合いがなんとなく放たれているようにも感じ、切り取られた雰囲気に呼吸を奪われる思いがします。

厳しい大地に生きた時代から、現代のスクエアな街にまで風景がつづいているのだとしたら、
それは誰かの中にある糸がつないでいるおかげなのではないでしょうか。

 

頭の芯が冷えてきた私たちも、そろそろ

色をつないでみるのはどうだろう