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偶然の理解という
クリエイティブの行方

???の破壊力
再構築というクリエイティブ

カットアップという偶然は僕たちに???を与えるのかそれともクリエイティブな創造物か

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かつて、カート・コバーンやEpokalでレジェンド記事にもなったヴィンセント・ギャロから、
最大の賛辞を受けた小説家がいる。「ウィリアム・バロウズ」だ。

彼の人生は壮絶で、ネタには事欠かない生活を送っていた。
例えば、ウィリア・テルの真似をして妻を誤って射殺したり、同性愛者だった恋人に
振られて小指を詰めたりと・・・・そして、SF界でも注目が集まっており、
映画ブレードランナーはバロウズの著作からがきっかけという話も。

そんな彼の小説の技法で面白いのが「カットアップ」だ。
音楽制作等でも使われる技法で、フレーズをバラバラにして文章を組み立て直し、
偶然に面白い文章と出会う技法。特に彼の著作「裸のランチ」の小説は有名で、
ドラッグ漬けの彼の生活を象徴するような猥褻でグロイ内容だが引き込まれていく。
当時、アメリカでは発禁処分にもなった小説である。
そんなバロウズはハーバード卒という学歴というのも皮肉な話である。

 

ht-william-burroughs1

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pinterest L) R)

 

Epokalとしては、このバロウズがファッション界では誰かに似ていると感じた。
「フセインチャラヤン」だ。以前にも家畜人ヤプーとチャラヤンの記事を書いたが、
哲学と文学に通じるチャラヤンも実はファッションでのカットアップをしていたのである。

 

ht-william-burroughs2

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pinterest L) R)

 

当時のチャラヤンの構築的なコレクションは、建築出身という流れもあったと思うが、
パターンや生地のカット後の落ちてある形をあえて使ってデザインインスピレーションを
起こしていた。バロウズのカットアップ同様である。
最近はあまり見ることのないカットアップ風な服は、パターンを理解したデザイナーが
少なくなったというのも流れだろう。
パターンという現場で起きる偶然の組み合わせが鮮度とモードを与えてくれる。

 

ht-william-burroughs3

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pinterest L) R)

 

バロウズというクレイジーな小説家を理解する方が難しいのかもしれないが、
理解できないくらいのモノづくりも商業とは別に必要になってきている気がする。
そのヒントにカットアップという「偶然の理解」がクリエイティブに必要なのかもしれない。