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MONOTONE 事実

マロリーの本心
100年前の写真に見る
確固たる精度

エヴェレストのゴーストと対峙する
ファッションと(un)ファッション
マロリージャケット THE FACT

5minutes

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100年前の写真に見る
確固たる精度

エヴェレストのゴーストと対峙する
ファッションと(un)ファッション
マロリージャケット THE FACT

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100年前の装備で
山を登る嘘

比較されるのは歴史と人物と
ストーリーの奥行きの豊満さ

ここに私たちの志向を試しているのは

どのように、いつ、誰が、ここでそれを着ていたのか、インスパイアされたのか…

 

決してかたちだけのものではない精神がマロリーの遺した夢を見て、

エヴェレストとジョージ・リー・マロリーはつながってきたのです。

 

歴歴のエヴェレスト遠征隊の姿、それに「Nigel Cabourn」の背景を追いかけて、
刺激された冒険心を現代生活に置き換えるのは容易なことではありません。
ですが、その心の本当のところを探る中心にジャケットを据えることは
ファッションを超えたところに私たちを連れ出すのではないでしょうか。

 

マロリージャケット
ナイジェルも追いかけたであろう道筋を辿って、ゴーストの面影をすくいとりたいと思うのです。

 

1921年エヴェレスト遠征隊の記念撮影にはベースキャンプで、
コットンギャバジンらしいミリタリー調のコートを着るマロリーの姿が綺麗に写し出されています。

この中にツイード地のジャケットを着るということが、
多くの刊行物で記されている通りの、エヴェレストでの典型的な普段着。

インナーはほとんど全ての隊員が、マフラーで隠れていない限り、シャツを着ています。
マロリーは記述に依るとニットを重ね着した上に、ウールのミリタリーシャツを着ていたようです。
1924年の撮影では、ジャケットだけの姿が見えるので、
当時のジャケットのクラシカルなシルエットがよく確認できます。

 

mallory jacket 2

mallory jacket 2

http://adventure.nationalgeographic.com

 

1924年遠征隊の公式文書として発刊された「The Epic of Mount Everest」から
1920年代の遠征とは、隊員たちから見れば、登頂を目指す精神の叙情であり、
公式の宣言として見るのであれば、地図上から空白点、あるいは地をなくすといった様な、
詳細な地図を作成することを目的としていることが見て取れます。

同じく1924年から、遠征隊長であるエドワード・フェリックス・ノートン著書「The fight for Everest」には
隊員たちの素直な表情が描かれていて、遠征の旅程での生活ストーリーもまた、興味深いものがあります。

中でも隊の紹介に割かれた頁から、メンバー構成一人一人の面影を想いはかることが出来ます。
遠征隊から何人かが数冊の、エヴェレストにまつわる本が刊行されていますが、
当時の記録書はほとんどの頁数を、山や環境、身体か精神の状態、自らの仕事について書かれているということ、
装備や登山方法には科学を持ち込まないことがフェアであるとされた風潮も手伝ってか、
酸素ボンベの使用か不使用か以外の装着品に触れられることはほとんどありません。

特筆すべきは、チベット現地住民についての風俗や暮らしについてであり、
イギリス人隊員のファッションになど目を向けるものではなかったようです。

それもそのはず、今日、見ることが出来る写真や映画を少し覗くだけで理解できます。
イギリス人は霧深いロンドンを歩く姿と変わらないのだから。

 

 

全員の一致した印象で統一された、美化されたのかもしれないイメージを
ジョージ・リー・マロリーに見いだすことができるのは、
およそ1世紀分の夢が「少年」たちに抱かれてきたからなのではと巡ってしまいます。

 

そのひとつは母国ではモデルを務められるほどの美男子であるということ。
誰からも愛されたというのは、単にビジュアルだけのイメージではなく、人間的にも知性と優しさ、
英國紳士らしい洗練された人物であったことが記されています。

それから、かなりルーズな方であったことも隊員が口を揃えていることです。
長いキャンプ生活の中で、マロリーは朝の起床や、身の回りを片付けるということがどうしても出来ないと、
妻への手紙で度々こぼしています。
この手紙さえもマロリーのジャケットのポケットの片隅へ押しつぶされてしまっていることが何度もあったようです。

その一方で、その大きなポケットには、いつでも何冊かの詩集が入っていたことも、よく描写されていることです。
ベースキャンプでみんながカードゲームをしたり、くつろいでいるところへ、
マロリーがやってきては詩の朗読をはじめ、隊員たちはそれが始まると不思議と落ち着いたと話します。
最後の極地点にまで詩集を持ち込んだマロリーもそうですが、それに耳を傾け、
時に世相論の交わし合いまでしたというのは、興味深い点ではないでしょうか。

彼らのエヴェレストはファッションではなく、
まさに自分たちの人生を行為していたと言えるのだと確信することができます。

 

mallory jacket 2

mallory jacket 2

http://www.cabourn.com

 

マロリーの着ていたものが、どのようなデザインでどれほどの機能性を備えていたのかは、
遺されたいくつかの写真を正視して見ることがでます。

「Nigel Cabourn」のマロリージャケットのヨーク構造は実際には、1953年の初登頂隊のシェルパの影響であるし、
マロリーの腰ポケットはシンプルな切り込みのポケットですが、深めに作られたフラップや外付けされたパッチは、
ベースキャンプ以上の高度で着用したオールウェザージャケットのデザインでもあります。

 

mallory jacket 2

mallory jacket 2

http://www.cabourn.com

 

行動服ではないツイードのジャケットはミドルレイヤーの役目であって、
襟やラペルは英国人特有の気質からくるのかもしれません。

 

mallory jacket 2

mallory jacket 2

http://www.cabourn.com

 

現に、ヒマラヤでのマロリーのポートレイトのどれを見ても髭を残した顔が出てくることはありません。
こうした気の持ち方を三釦の合わせが襟ぐりのVラインと良く現されています。
男性の着るジャケットのVラインは生命線であると、よく言われますが、
「Nigel Cabourn」のマロリージャケットはここに集中力を注いでいることも窺えます。
襟を立てた時に留めるストラップは、実際に、この時代のミリタリー仕様のジャケットによく見られるディテールであるし、
マロリーを始め多くの登山家がミリタリーの装備品をヒマラヤに持ち込んでいます。
そうした時代背景を描写するデザインに不和が起こり得る隙はありませんでした。

 

mallory jacket 2

mallory jacket 2

http://www.cabourn.com

 

ほんの少し短めの丈に、にっこりとうなづける人も多いのではないでしょうか。

 

しかし、その内側のこと、仕立とはつまり、なにを抱くのかは依然として見えないままです。

男性の懐はいつもそうであるように、何を込めるのかが大きな器を支えるものでしょう。

ひとつ言えることは、マロリージャケットがこうして積み重ねた営みを、20年・30年ともに歩んで行けるということです。
物質的な質感が薄れはじめ、情報というインテリジェンスが先行する世界で、
人としての篤みを実感できるのは、やはり、その人のストーリーではないでしょうか。

最早、ファッションも情報も次々と舞い込み、消費していきがちな今日だからこそ、

一人一人の顔を見て話しをしたいものだと思うのです。

 

マロリーに限らずに、そうして自分の核となる一着を持ってみるのもいいかもしれませんね

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