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華々しいファッション
見窄らしいスタイル
感光される僕たちの感性

羨望とともに生きる日常
そのどれもが生きることのない非日常
ファッションの超自然的フィロソフィ

狭い鉄格子に囲まれた生活でさえ、羨んで、取込む精神の雫を搾り出して、新たな虚構を据える橋渡しされるすべての均衡と日常と非日常の曖昧な境界

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あるいは思いもよらないことなのかもしれないが、今、ここにいることが当たり前の日常が、
どこかの誰かにとっては果てしない非日常なものになると、はっきりと手に取るように認識することは出来るのだろうか。

 

時々、場所や時間を越えて、見知らぬ誰かの日常を、私たちは羨む。
例えば、大自然の中で駆け回ったり、汚れたオイルまみれの顔、
カニバリズムに没落するような凄惨な冒険、狭い鉄格子に囲まれた生活にさえ、
羨んで、取り込もうとする。

 

男性にとって、羨望とは、強いか、速いか、悪いかのどれかに、ほぼ当て嵌めることができるだろう。
そうして、その精神の雫を搾り出して、勝利者の仮面を虚構に据える。

 

つまり、結局はこうだ。

 

私は誰の生を生きているのだとか

超自然的に無為に…嗚呼、ツァラトゥストラはそう言っていたにも拘らず

よくわからないが、人に衝突する度にターンしてどこかへ上っていく

そうやって、知らない内に共生者として生かされている。

 

ex-ordinary

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https://www.pinterest.com 

この時の誰が、こんなモノを着たいと願ったのか

囚人のように生かされる現代で、プリゾナーボーダーは過去の話で、

僕はそう思う。それはこれからの話

 

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 http://www.mcdanielsqualitybodyworks.com

惨めなほど働いた泥のような身体にこびりついた染みが、掛け替えのない生の博物史に思えるだろうか?

 

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 http://ngm.nationalgeographic.com

馬の尻に叩きのめされた過剰なまでの匂いに、今日の都会暮らしの最大の誤謬を夢見ている

必要性だとか、機能性といったワードで包含しきれないものに向き合う

 

 

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http://www.theguardian.com 

このあとで、僕は靴を喰うのだろうか

 

 

そうやって印象だとか、邪悪なものは取り除かれて、いい願いだけが抽出されるファッションの浅はかな潔さ。
隣人の庭は青いが、他人の精神は思いがけず薄く、あっという間に感化されて、気がつけば拘束衣に身を包んでいる。

 

彼らの日常は、私たちの内の誰かにとっての非日常であって、日常はいつも更新されているのである。
「羨む」と同時にこれは、誰かにその姿を見られていることが、現実にあり得るのだということを思わせる。

 

ひとは鳥を見て、もしも空が飛べたらなぁと思いもするが、鳥は人ほどには先を見ることも感じることも出来ない。
だから、その速度でもって飛ぶことができる。そのことを十分よく理解している。

だから、空を飛びたいと願う。

 

森の木々は人よりも長く生きることができるかもしれないが、一歩も歩き出すことはない。
ひとの頭脳と身体的能力からすれば、恐ろしいほどのスローライフでゆっくりとその生を生きる。

だから、木はもしかしたら、人を見て羨んでいるのかもしれない。

 

要するにそういうことなのだと思う。少なくとも、そう見ることができるのが人である。
すべては均衡が橋渡しされて、日常と非日常のあいまいな境界が心身の隙間へ埋め込まれるのではないだろうか。