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ストリートに渦巻く
新鮮な空気を求めて
カルチャーを切り取る

彼らには彼らなりの
僕らには僕らなりの
これからはこれからのシーンを遊ぶ

ライフスタイルを充実させようとする時、リアルなストリートのカルチャーが壁となった。GLEN E. FRIEDMANのシーンを見つめるフレーム

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ファッションは、幾十年かを巡って回帰してくると言われる。

20年前に欲しかったシーンを今日切り取っても、また、欲しいと願う。

いつか過ごした善き日々の、そういったエネルギーの生まれた場所に、
僕たちは惹かれているのだろう。今でも。
時代は巡り巡るだとか、あの頃に帰る。と、誰かが片付けていてさえも、
ムーヴメントが勝手にどうにかするだけで、それはいつでもそこにあった。
評価するものが何であってもそれはそれそのものなのだ。

そして、僕たちも。

 

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スケートボード、パンク、hip hop、あらゆるカウンターカルチャーのレジェンドを
フレームの中に収め続けるグレン E. フリードマンは自身が伝説となった。
様々なジャンルのシーンを切り取り続けたレジェンドカメラマンは、
その時々のリアルで先端で先鋭、新たな影響力で世界を震撼させた。
撮ったのは、云わば異端ともとれるシーンの空気でもあったのではないだろうか。

 

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一言でいうと、それは平常心という自然体のようなものなのかもしれない。
そう、何年か振りに耳に響いてきたミュージックビデオから感じていた。

そう、ビデオ-

それぞれ年齢が違うように、同じ種属の人の間にも異なった指向性がある。

それぞれ年齢が違うのと同じに、見ているシーンと感じるセンスも変化する。

それでも、だからこそ「変る」ということはおもしろいことだと信じたい。
そのままの方が、経験値によって単純化された安定を獲得できるというのに。
みんなが同じ方を向いたとしたら、滑稽なことのように感じるだろうか。
売り手からすると楽に違いないことだけは確かなのだけれど。

フリードマンと彼の被写体たちの象徴的なのは、撮影する一枚の青写真だけにとどまらない
ある種の“カルト”的存在である。彼とストリートとは、いつも、来たるべく新しい時代の匂いを予感させる。

 

当然、フリードマンの作品にスタンダードは存在し得ない。
フレームに切り取ったのは、撮ることではなく、
撮るべきパフォーマンスに圧倒される事象であって、ここに本当の価値があるのだと感じている。
ストリートマインドの最大限のエレメントの恩恵に預かった僕たちは、
インスピレーションとカルチャーの接点を僕たち自身から切り取らなければならないのではないだろうか。

 

ハードコアな精神は借物のストーリーに居心地の悪さしか感じられない。

グレン E. フリードマンという意思の最初の作品集「FUCK YOU HEROES」は
既存の社会からことごとく否定されたと、フリードマンは振り返っている。
つまり、本人の言う通り、世界で何が起きているのかを、
誰一人わかっていなかったということの裏にあるのは、
波の生まれるところを理解することが出来るのは、
その現場で体験する意思の他にはないということの証明なのではないか。

 

そして、この決意から受け取ったのは何であったのか、それぞれが抱える“カウンター”精神に解釈が求められている。

 

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そうしたいから、同じ時間を共有していても、
たのしい人と、そうでない人と、寝ている人もいる。
その場で、リアルに切り取るフレームが「差異」と呼べるのなら、
それが感覚というセンスの意味なのかもしれない。
重なる露光に、接点をどうもってくるのか。

 

シーンという僕たちの生きる世界を一枚切り取る度に、フィルムを巻きなおす。
そういった今では不要になったことの多さに、時々、不安にならないようにピリオドを打つ。
自分自身の枠組みや、その影の深さを外側から覗き込むのだ。

 

フレームに収めきれない「シーン」の波及を、

今、はじめたいと思っている