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時間が止まったままの
TOKYOのストリートは
いつ動き出すのか?

TOKYOのストリートが今、更新される
何も持たない私たちが手にする武器は

キレイな思い出に浸りながら現状を憂い嘆くのも思い出は胸に秘めてストリートを更新するのも全てはあなたの意志によって決定される。

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ストリート・カルチャーという言葉を初めて聞いたのは、いつの頃だろうか?

そして、それから何年の歳月が経っただろうか?

あの頃夢中になったファッションに関しては、その多くがいつもストリートと
呼ばれる「何処か」にある場所から発信されていた。

そして、そうしたファッションを消費することは、すなわち自分がそのカルチャーに
属しているという表明であり、それがスタイルとして確立していた。

そんなファッションにおいてもストリート・カルチャーが隆盛を誇ってから幾星霜。
今、僕たちの前に広がるストリートには、「祭りの後」とばかりに形骸化した残骸
ばかりが溢れている。キレイにメイクアップされた思い出の中で生きることは、
存外に楽で心地いいのかもしれない。

 

ht-street2

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だが、思い出はいつもキレイだけどそれだけではお腹が空くのだ。
思い出同様に、僕たちに残されているのはこれからの未来なのだから。

思い出を肴に酒を飲みながら現状を罵るか、現状を良く識り、更新されたストリートで
祝杯をあげるのかは、あなた次第であり私たち次第である。

なんでも世代で括るのが好きなナンセンスな人がいうには、僕らが見てきたストリートは
「裏原世代」ということになるらしく、既存のものを「ミックス」することで、新しい
価値を生み出してきた。

また、今ほどネットが発達しておらず、情報が雑誌というメディアに集約されていた
こともあって、「裏原」というストリートはある種の神秘性を保つことができことも、
ムーブメントを押し広げる要因になったのだろう。

しかし、時は流れ時代は変わった今、雑誌というメディアの持つ影響力にも陰りが見え始め
多くの人がこれまでとは別のところに価値を見出し始めた。

ネットという諸刃の剣は、「フェアネス」の追求しながら、一方で知らなくてもいい
事実をそのままにはしてくれないからだろう。

そんな時代におけるカルチャーは90年代とは違った場所から起こり始めるのかもしれない。
いや、すでに始まっているのだろう。

ストリートのカリスマとなったバンクシーの正体が未だに公になっていないということは、
現代のネット社会を考えると驚くばかりだ。

 

street

street

http://www.uplink.co.jp/

 

そのバンクシーはグラフィティについて次のように語っている。
「グラフィティは、何も持たない者が持つことができる数少ない道具の一つだ」と。
しかし、ストリートのアップデートを志向する我々が手にするべき道具とは果たして
スプレー缶なのだろうか。いや、そうではないはずだ。

 

street

street

https://discgb.files.wordpress.com/

では、スプレー缶の代わりに持つべき道具とは何なのだろうか?

そのヒントを与えてくれるのが、アート・カルチャーの震源であるNYで熱狂的な支持を
集めている「STREET DREAMS MAGAZINE」という雑誌だ。

 

sdm

sdm

https://images.bigcartel.com/

 

この雑誌については、以前もこちらで紹介しているが、カメラこそ今私たちがスプレー缶の
代わりに手にすべき「道具」なのではないだろうか。

Epokalでは、以前からビル・カニンガムロバート・メイプルソープリンダ・マッカートニー
デイヴィッド・ハミルトンニック・ナイトエディ・スリマン杉本博司など様々なタイプの
写真家・フォトグラファーをフィーチャーしてきたが、彼らはその眼とカメラという道具だけで
同じ世界を、全く違う物として私たちに提示してくれた。

それらは、言葉による説明を不要とした純粋なるヴィジュアルによるコミュニケーションだった。

 

street

street

http://www.hedislimane.com/diary/

 

NYで新なムーブメントの中心的な役割を果たしているSTREET DREAMS MAGAZINEはinstaglamを
活用し、フォトグラファーのための新なプラットフォームを作り上げている。

彼らは、グラフィティーやスケボー、BMXといったストリートカルチャーの延長線上でカメラを
持ち、既存の枠組みにとらわれることのない自由な発想と表現を武器にカルチャーを更新している。

カメラ片手に誰でも参加することが出来るというオープンなスタンスが、クリエイティブな才能を
呼び込み、それがムーブメントとして波及していく。

これこそが今日本のストリートシーンにも求められているのではないだろうか。

「裏原」というストリート・カルチャーが過去の遺産とも呼べるようなになって今、
当時を振り返ってみるとその場所がとてもクローズドであり、着ることでそのカルチャーの
中にいると思っていたが、それは単なる消費でしかなかったのではないかと思ってしまう。

「着る」という行為を通してだけではカルチャーの当事者にはなれていなかったと気づいた今、
誰にでも開かれた新なストリート・カルチャーのプラットフォームの必要性を感じていた。

これから更新されるストリート・カルチャーは、誰でも当事者としてカルチャーの創出に
参加できるオープンな可能性を持っているものでなくてはならない。

その一つの答えとして、私たちはInspiration Cult Magazineを創刊するというアクションを起こす。

 

ht-icm1

ht-icm1

https://instagram.com/

 

個人のメディア化が進む時代において、ストリートの「センス」と「知識」を武器にどれだけの
カルチャーを創ることができるか。

ストリートカルチャーの更新という旗印のもとに集まる異端のストリートフォトグラファーたちが
これから見せてくれるのは、単なる綺麗な写真なのではない。

あらゆるカルチャーを巻き込んで、そのムーブメントが大きな渦になる日にはきっと日本のストリート
カルチャー、フォトグラファーも少なからず様変わりすることだろう。

Utopiaなんて本当は存在しないとわかっていても、目指さずにはいられない。
マロリーがそこにエベレストがあったからその頂を目指したように、
そこにストリートがあるから、ストリートの更新を目指すのである。

 

これから始まるであろう、”何も持たない”私たちがカメラという道具を片手に行っていこうとする
私たちなりの「ストリートのアップデート」は大きな可能性を秘めている。

ストリートはいつでも、私たちの足元にあるのだ。