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Beats by Dr.Dre
志向をデザインする
センスへ迫るデバイス

Beats by Dr.Dre クリエイトする環境
世界の中心から放つ個性という波に
ファッションのこれからを思う。

音楽を持ち歩くという行為と、聞くということを見えるものにしたデザイン。暮し方をファッションするBeats

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The Chronic

 

1990年代のブラックミュージックシーン、
つまり、身を削るようにしてHip-Hopという生き方を全うした
ラッパーというストリートシーンにとってのヒーローが好きである。
今は亡きフリースタイルという境地を確立しつつあった黎明期の
最も重要なメンバーの一人として知られるDr.Dreは、
ファーストソロアルバムが全米に行き渡った頃から数えて、
その10年以上も前から既に音楽プロデューサーとしての頭角を顕しつつあった。
それまで自由気ままに、プロジェクトと呼ばれる街角で
ブロックパーティーとビートに乗せてやり合っていた新しいブラックミュージックは、
Dr.DreをはじめとするLA生まれ、ゲットー育ちの生の声によって、
NYのような大都市のスキルフルなHip-Hopとはまた違う、
センシティブでエモーショナル、メロウでファンクのあるシーンを生み出そうとしていた。

 

beats

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https://www.drdre.com

 

「The Chronic」がプラチナアルバムになり、
史上最も影響力のあるHip-Hopミュージックの一つとなったことで、
世界中にウェストコーストとg-Funkという代名詞を売りつけたDR.Dreは、
この時、Snoop Doggy Dogg、Nate Doggといった一時代のアーティストをメジャーの舞台に上げた。
彼らは、彼らの日常とカリフォルニアの表と裏のストリートの現実を美しいBeatに乗せてフロウすることで、
あらゆる時代のジャンルを越えた新しいスタイルを意識していたのではないだろうか。
いつかは自由に、という様に、彼らの日々の理想と現実のギャップは、
2パックの悲しい結末を迎えることになるのだが、
このことが象徴したのは自分たちの生きているライフにとって
生き方というスタイルがどれほど重要なのかを知らせているということではないだろうか。

それも、インスタントなものが蔓延る現代にあって、
その意思、メッセージ、クリエイティブで自由という意味において、
Hip-HopとJazzほど音楽性を感じられるものはないと言っておきたい。

 

取り分けて仕事が遅いことで有名なDR.Dreだが、
そのクリエーションとアーティストの力量を見抜く能力が優秀であることは
世界中の音楽ファン、カルチャーシーン、それにアーティスト達自身がよく知っていることである。
90年代からフリースタイルジャムを体感した世代にとって、
Dr.Dreは世界の中心と呼んでもいいのかもしれない。
それに加えて、音楽的嗜好にとっての音感がスタイルに置き換えられるものなのかもしれない。

 

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https://www.drdre.com

 

そんなDr.Dreの作り上げる世界に、デバイスを通じて行き着くことができる。
デジタル音源が主流の中にあって「Beats Electronics」のオーディオは
他のいかなる高級オーディオのそれよりも遥かに価値のある音なのである。
それは音の作り手が持ちかけた世界観であり、
中心にDr.Dreというアイコンが居座っている限りにおいて不滅のスタイルにちがいない。
「Beats」というパスポート一つで、いつでもワールドへ飛び込むことができるということである。
音楽にとっての本質がライヴパフォーマンスであるのだとすれば、
デジタル音源にとってのそれは、クリエイターによる環境設定にあたるべきだと思わせる十分な意欲がある。

 

フーベルマンか、ペトルチアーニを完全に近いかたちで体感しようと思うなら、
それなりの装置をそれなりの計算と潤沢な資金でセットアップしなくてはならない。
けれども、デジタルミュージックの世界にははっきりと目に見える「Beats」というかたちがある。
音楽をより生に近いかたちで再生したいと願うのは本能的なものであると思っている。
この点においても、Dr.Dreはポータブルエンターテインメントの可能性に
全く新しい世代を具現化させることに成功したと言える。

 

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http://jp.beatsbydre.com

 

つまり…、Dr.Dreという世代の中心が作る世界を聴くために用意しなければならないのは、
「Beats audio」一本だけということになる。
個人的なもの、趣味や嗜好の世界のものでしかなかった音楽にポータブルという、
持ち歩きの概念が与えられた時、何を聴こうとするのか、
つまり、内面的な志向が外に持ち出されて、
ライフスタイルが外的なファッションとなったと考えてみてもいいのではないだろうか。

 

どういった音楽が好きなのかは、勿論、とても個人と密接な内面のことであり、
この個人的世界は、今や、当たり前に外へ持って歩くことが出来る。
これはポータブルなのは音楽そのものだけなのではなく、
その個人のごくプライベートな世界観も持ち歩けるということなのである。
それも、誰が何を考え、何処へ向うのか、超個人的なものであるために、
音楽ほどセンスの拠り所にとって、これ以上にわかりやすいものはないのかもしれない。
個人の世界を持ち歩けるようになったことで、
音楽はファッションと緊密な関係を築くことになった。
それも、画一的な物々が溢れる次代にあって、
とても個人的であることを直感するのはどうしてなのだろうか。

 

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https://www.drdre.com

 

ある一着のファッションを着てみたいと思う時に、考えの中で先行するものは何だろう?
アイテムなのか、価格なのか、シチュエーションなのか。
この際、敢えて自分の志向を振りかざすことを止めるのも“アリ”ではないだろうか。
例えば、ブランドという匣を棄てて、誰か世界の中心をクリエイターに求める。
Dr.Dreが「Beats」で体現したのが環境を提供したことだとすると、
それは最早、デザイナーの境地に近いものでさえある。
それも、ヘッドフォンを提げた顧客の一人一人のライフスタイルにまで発展する力を持つ、
音楽という志向からのアプローチだからこそ、より個人性を感じるのだろう。

 

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https://www.drdre.com

 

惜しいのは、今、ファッションにその訴求力が失われていることに他ならない。
ライフスタイルや、志向、キャラクターという要素はファッションの大いなるテーゼであるはずだった。
にも関わらず、かっこいい服はどこへ着ていくべきなのかもわからないし、どう着るのかという姿勢も全く失われている。
そうこうしている内にファッションはファッションを取り巻く環境から、はじめに崩れ去っていたのかもしれない。
僕は今、人々の身体に最も密着したものである衣服が、最も精神から遠く蔑まされたものになりつつあることを見ている。
ファッションがファッションの業界だけで重い足を引きずって行き倒れていくのを横目に、
「Beats」が颯爽と追い抜いていく音を聴きながら。