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行為するファッション
の行方
背景の奥行きの広げかた

もしかしたら優れた観念の止揚とは、こうした人の
うねりや襞のあいだからこぼれる。人々がライフスタイルに
イデオロギーを持った時、この意思は拡散・ブレイクしはじめる。

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行為するファッション
の行方
背景の奥行きの広げかた

もしかしたら優れた観念の止揚とは、こうした人の
うねりや襞のあいだからこぼれる。人々がライフスタイルに
イデオロギーを持った時、この意思は拡散・ブレイクしはじめる。

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行為するファッションの行方
背景の奥行きの広げ方

もしかしたら優れた観念の止揚とは、こうした人のうねりや襞のあいだからこぼれる。
人々がライフスタイルにイデオロギーを持った時、この意思は拡散・ブレイクしはじめる。

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://bigbluevw.blogspot.jp

 

パタゴニアはファッションなのか?

パタゴニアには誰の目から見ても揺れることのない、明確に掲げられた命題がある。
それは、第一位に自然世界のことを守ろうというもの。突出した信条であり、生命線と言い換えることだって出来る。
アパレルラインのpatagoniaというレーベルを考えてみると、ノーマルな企業は決して明かしたくはない手のうちを、
それはもう大手を振って宣言することからはじまり、全世界的な指向性と示唆を含んでいる。
製造工程、素材はもちろん、染料、糸、工場の背景にまで及ぶ生産者としての自覚と供給することとの舵取りには、
環境に特別な思いを抱いたブランドであることが、イヴォンという稀な輝きを持つ創設者の言行動や、
もしくは生き方についてほんの少し触れるだけで、強烈に味わうことができる。
彼のことは最高クラスの広告塔と考えても良さそうに思えてくる。
対象は自然という広大な倫理オーガナイザーということではあるが。

 

simple easy and strong

 

〜行為するファッション〜

ビジネスを手段として環境へのアプローチとするとは、いかにも自然主義らしい発想であると思う。
何らかのツールを用いることと、そしてどのように行うのかの方法論に常に最良の選択は求められない、
万事準備整った朝にやってきた突然の風雨の様な最悪性が最高のウェットコンディションをもたらす
最高といった場合もあるかもしれない。
この答えには、最も気が楽しいことを選択したい。
それさえ浮かんでいられるのならば世界はずっと素晴らしいにちがいない。
パタゴニアの精神にこれが覗けるのである。シンプルに やさしく そして力強く
このアプローチは自然のみならず、それに賛同したユーザーを経由してありとあらゆる精神の波間に接続される。
このユーザーというのが強力なアスリートを先頭に、自然のなかに身をおくことを
自分の生き心地とする感受性を、それぞれが楽しんでいるのである。
突き抜けた存在には突き抜けた感性が集まるという格好の例なのではないだろうか。
もしかしたら優れた観念の優れた止揚とは、こうした人のうねりや襞のあいだからこぼれる。
人々がライフスタイルにイデオロギーを持った時、この意思はショアのようにブレイクしはじめるだろう。

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://38.media.tumblr.com

 

〜クロニクルは創成期へ〜

1990年頃のアウトドアブランドのシーンへ振り向いた絵の断片には、
パタゴニア製品は特別に突き抜けた企画開発をしていたというものでもなかった。
今でもそうだが、優越されるのに十分なブランドは世界中に存在する。
それでも幾多もあるコアな製品群のなかから、より快適で、より正確な足跡を
生成し続けてこられたのはパタゴニアに精神の領域が感じられるからなのだと思う。
過去への旅は透き通るランドスケープを想像させてくれる。
彼のファブリックの絵柄がネイティブシリーズであり、ブランケットストライプのフランネル地、
サンダーにフィッシュ、ブルズアイと他をよせつけない感覚を持ったデザインが在ったことは、
また疑いようのない秀逸さである。
このマテリアルをグリセードやシンチラなど、時の最先端技術を駆使したアイテムにコンセプト化して
作り上げるのであるからたまらない。
殊に5.10と呼ばれるシャツが今も瞼に鮮明に焼き付いている。
このコットンのアロハシャツは柄がカラビナやピトン、ハンマーといったクライミングギアで構成されていて、
世の中にこれほど格好よさとバカらしさとが同居する製品を真顔で販売する企業があるのかと困惑すら覚えた。
実はと言えば、このシャツはpatagoniaブランドではなくchouinard equipmentという全身レーベルのものであり、
コアなユーザーがパタゴニアのアロハと言えば、パタロハシリーズの登場するまでこの1枚のことを指していた。
また、シュイナード・エクイップメントから1989年に経営を受け継いだblack diamondの
ソルトレイクシティストアのフィッティングルームのカーテンがこの同素材であるというストーリーもあたたかみのある
情緒を感じさせてくれる。

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://corkgrips.files.wordpress.com

 

パタゴニアに限らず、優れたブランド・メーカーも多く在ることにちがいはない。
製品のひとつひとつ、コアなツールとして開発に励むレーベルも確かにある。
ただ、一アパレル企業として本部ブレーンがいかに素晴らしいプレゼンテーションで楽しませようとも、
それが社会的な意思をもって世界中にローカライズされる点で、この企業の意思は明らかに突出されている。
どのプロジェクトに目をむけても、どれもが自社製品への自信と愛着、
絵本の中の出来事ではない現実の生活のなかでの自然環境への密さが溢れ出す。
ここでも私たちはメッセージとスタイルを受けとれるのである。
日本支社もローカライズされた公益性の高い取り組みを発達させている。
パタゴニアがアパレル部門として確立されてから、日本というマーケットを
どれほど重要視していたのかが伺えるものだと考えられるのは、
特に品質面での向上は日本市場なしでは到達できないものであっただろうからである。
アパレル製品の品質を求めるうえで、私たちの目はケルベロス的存在として不可欠であった。
より優れた製品コンセプト・デザイン・縫製レベル・品質に敏感なローカルは、
世界中から物事が集まるこの日本を差し置いてどこにも見つからないのではないだろうか。
それよりなにより、パタゴニアの各ストアへいってみるとローカルイベントや地域社会へ組み込まれた
遊ぶことへのインビテーション。
これが100%考えるライフスタイルであること。
そして、すべてを包含的に受け止めることのできる感受性のゆたかさに触れることが出来る。
とても質のいい責任感と解決能力に抑揚感が現れるのである。
リレーションシップに交錯する個人個人への誘いが入り口となって、深淵な奥行きに
胸が躍るのは自然なことである。
こうしたことでパタゴニアというツールはスタイルを求める冒険への選択肢の1つでもあり、確信のアンサーにもなりえる。
生きたライブ感のあるこの企業は未だ完全ではなく、ユーザーである私たちの動きで
いくらでも変わりゆく面白さがそこに広がるのではないだろうか。

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://patagonia.tumblr.com

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://37.media.tumblr.com

 

〜パタゴニアの憂鬱〜

その一方で、過剰に肥大するトレンドという強迫が疾走する。
日本でのファッションシーンを見つめてみると、優れた目を持つことと同時に、
あの杞憂な性格の内に盲目となる癖があることも発見できる。
〈このシャツを買わないでください〉という広告も今や、ヴィンテージの宝物として取り扱われる。
もちろんその売り上げ金を環境保全や何かに寄与するという道もあるのだろうが。
そういった最端での取り組みよりも、もっとシンプルに考えられた末の、
無駄な消費を控えることへの教化がブレーンの核心ではなかったのだろうか。
オーガニックコットンはパタゴニアと銘打たれたときに神格化され、
挙げ句にズタボロのグリセードに何倍もの価値がつく。
確かに歴々のカタログに載った製品には、現在のラインナップにはない純粋さやフォルムがあるが、
その超価値に見合った格好なのかは思考に耐えない。
それよりも遥かにフェアなレートで現行品が手に入ることが、より先行きのある
持続性につながるのではないだろうかと感じてしまう。
流行り廃りの延長線上におかれた1アパレルメーカの1商品に陥ってしまう。
これでは優れたコンセプトもユーザーとの温度差に見失われてしまう楽園にすぎない。

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://www.pinterest.com

 

それだけではない。現行の体系にも違和感は多くあるのだ。
売るデザインとして製品化されていないか?サイジング展開が重複していないか?
カタログの再生紙は再び再生されるのか?
去年買ったアノラックを今年も買いたいのか。環境を鑑みるのに大陸の暗雲はお構いなしなのか。
金持ち日本人が過剰なダウンインサレーションで真冬にアイスクリームを食べるのはエクストリームなのか。
パタゴニアの環境保護への啓蒙ビジネスはカルトか。

 

報えはすべてイエスである。

 

つまり、ブランドとしての超価値とはバランスウェイトの矛盾である。
同時に世界を見渡せる目であることは、みんながよく知っていることでもある。

 

衣装的シャングリラ

衣装的シャングリラ

http://31.media.tumblr.com

 

僕たちが乗りこえようとしたこと
パタゴニアでさえ陥ってしまう深淵に、僕たちはどうやってルートを求めるのでしょうか。
深淵の縁にたった時、それは向こう側からこちらを覗き込んでいる。
彼らに出来ないことは、そのまま僕たちへの課題になるのです。

 

ktpatagonia010-09

http://patagonia.tumblr.com

 

先ず、あらゆる概念も、一切の活動のハードルを下げること。
自然な生活スタイルとして受け取る能力が求められる。日々を超えて日常となる知恵ということ。
そのためにはリアリティのある風をからだに感じさせるシーンが必要となる。
そういったカルチャースタイルをローカル化して土台とすることで、知恵や意思の
集まる場となることへの楽しみと憧憬が起源となる。
ファッション段階では、ここで着るものをここで作りここで見せてここで遊ぶという
発想がシンプルでイージーで力強い価値なのではないだろうかと考える。
とても幸福な具合にここ、日本にはすべての現場で超一流の仕事があります。
この価値に気づき、手を伸ばすのは多くが海外からの視線です。
何百ドルもするジーンズが片田舎の染屋の手に依るものだと誰が気にしただろうか。
僕達は最高品質の物を最高の知識と発想で可視化させる深淵なるルートを模索する。
しかも、これは僕たちみんなの課題として共有する意識であって、むしろ違和感が
生まれる隙間にこそファッションの面白さを取り戻そうと切に願うのです。

 

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