オリンピックとLEDは東京を明るく照らすのか | Epokal エポカル

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RED 感情

史上最も明るい世界
照らし出す有為と消灯
house of common

僕たちの奥行きパースペクティブと顔をあわせることと
考えや志向が足跡の陰影と同じように、
色彩をかえることは当然の成立である。

3minutes

https://twitter.com/Astro_Wakata

史上最も明るい世界
照らし出す有為と消灯
house of common

僕たちの奥行きパースペクティブと顔をあわせることと
考えや志向が足跡の陰影と同じように、
色彩をかえることは当然の成立である。

3minutes

https://twitter.com/Astro_Wakata

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これからを乗り越える
若き意思と最期の言葉

出来上るはずのマスターピースの
究極の一片とは
僕たち自身であるということ。

僕たちが生活のなかでこれからやりたいことは何なのだろう。

いつかやりたと思っていることなら、すぐにいくつか浮かんでくる。

でも今すぐのこれからやることを考えることは案外やさしくない。

 

東京が獲得した世界の神々しい祭典2020年夏期オリンピック。

にわかに活気づくのは経済、まことしやかに囁かれる言葉も明るさに満ちている。

街を照らし出す、長寿命・省エネルギーの電球と身も心も明るい未来へ飛び上がりそうだ。
とは、あまりにかけ離れた声をあげたい。

 

with the lights out

with the lights out

 http://www.lifewithoutlights.com

 

オリンピックという光彩に何ともワクワクしようとしない自分がここにいる。
LEDがトウキョウを照らす時代は光り輝き、世界を明るく見渡せるものにする。
このことはこれからの将来にわたって約束された光の花束である。

でも、この明るさは同時に不必要なまでに行きわたることにもなる。
闇を照らす光彩は、光を放たないものに光を持たせる。
本当に光るものとはわずかな輝きでも自ら発することができる。
強すぎる後光は照らすことを必要としていない、本物の輝きを覆ってしまう。

つまり、僕たちは高度に発達するシステムの画一化される全体像のなかに落ち込むのではないだろうか。
素晴らしい発見や開発はもちろんのことであるが、行き過ぎた社会の主義や指向に先導されるままで
アイデンティティは萎縮してしまうのではないかと危ぶむ。

 

それでは、やりたいこと・なんか面白いこととはどこに見いだすのだろうか。

ファッションはライフスタイルの生活という地に足をつけたにもかかわらずの浮遊感が漂う。
これこそがデザインのいうプロセスのアンサー。
色濃い足跡を踏みしめてきたからこそ、
きっとすぐそこに芽生えがおちている。

 

 

それはおそらく色々な情報を手にしても
体験を獲得しなければ見えてこない領域であるはず。
百聞は一見に如かずと誰かが言った。
それなら僕たちは101聞を握って体感したいと考える。

たとえば拙いお絵かきであっても自分のなかのメモリにある
愛情や怒濤といった思い入れのセンスはこのことに因るものだ。

固定の価値観や倫理を共有して保ちつづけることがむずかしい現代社会の、
インテリジェンスが細分化してここまで発達してきたなかに居て、
決め手1本の答えを求めることもまた薄い。

 

僕たちにとっての今日のお楽しみは時勢を生み出すことにつきる。

wwwをとおして張り裂けた世界に向けてナイフを突き立てることはやさしい。
コンプリートされた幸福であるはずの生活から裂けだした不幸な分子たち。
与えられたもので満足できないのだからマインドセットを分解する。
少しくらい歪んだことを言ってもいいだろう?

 

with the lights out

with the lights out

http://www.youtube.com/watch?v=zIgFpdix8PI

 

プロジェクトのなかに自分自身さえ組み込んで
大きな波を生むということに思考の抑揚を感じる。

世界に向けて発信するベースを与えられた僕たちは
これに呼応するためのなにものかを備えなくてはならない。

与えられる末端価値ではなく、ポイントブレイクこそアビリティーとなる。

ハイエンドユーザーの声という大いなるソースが世界をおもしろくするし、
博物館の手に届かないミューズよりもライフスタイルに根付いた生活工芸品の方が

今らしくおもしろい価値でもある、とそう思う。
そのうえ、自己消化のそれよりも地球をまわしていることをダイレクトに体感できる。

 

だから いま もっと光をあつめたい

 

ファッションやライフスタイルに向き合うことは
そのまま僕たちの奥行きパースペクティブと顔をあわせることと同じだ。

考えや志向が足跡や影の陰影と同じように、色彩をかえることは当然の成立であるから
これに伴ってファッションスタイルの視覚的な表情もより洗練されるべきである。
溢れる価値体系を乗り越えて情報を受け取り、ちょっとだけ時代性のようなものを
そろそろ吐き出してみるのはどうだろうか。

 

幸せなことに良いデザインも悪いビジネスも
多くの波に散りバラバラに受け取ってきた僕たち。

これからのステージは未だ手つかずのままだと言えよう。

世界はいまコピー&ペーストの連続で
このまま考えることをやめれば置いてきぼりのままである。

 

「なんか面白いことないのかね」の最大の答えはこうしたプロセスにある。

作りあげることが楽しい意味なのであって、
出来上るはずのマスターピースの究極の一片は僕たち自身であるということである。
此のそれぞれがつながることも恩恵のひとつ。
僕たちはアイデアのかたまりをそのまま持ち上げることで
交叉しあって究極を還元することができるはず。

なんか面白いことは他者のなかにある自分を通して見ることが良い。

 

 

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