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コスプレの本質
コントロールと悦楽

悦楽を覚える犠牲者という拷問者への教育と契約。毛皮というコスプレは、
現在のオタクというの「それと」変わらない悲劇!?真のオタクは存在するのか?

悦楽を覚える犠牲者という拷問者への教育と契約。毛皮というコスプレは、現在のオタクというの「それと」変わらない悲劇!?真のオタクは存在するのか?

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毛皮を着たヴィーナスという小説はご存知だろうか?
レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホというオーストリアの大学の教授の書いた小説が、
マゾヒズムという性的心理用語を生み、知識人に深い影響を及ぼしたとされている。
この小説の内容の考察を現代に投影して見ると、
「オタク」という現在の文化に紐解かれるのではないかと、エポカル編集部は考察した。
マゾッホという人物もなかなか興味深いのだけど、それは今度にしよう。小説の内容は簡単にご説明すると・・・・

 

毛皮01

毛皮01

http://rui4oyo.jugem.jp
 

セヴェリーンという独自の女性観をもっている主人公が、まだ若く未亡人であるワンダという女性と出会う。
セヴェリーンは自身が苦痛に快楽を見出すことを告白し、ワンダに苦痛を与えて欲しいと頼む。
ワンダも彼を愛すがゆえに、「契約」を交わし、奴隷と主人の関係となる。
そして、ワンダは顔を足で踏みつけたり、鞭で打ったりと、第三者の男の前で繰り広げたりと、
やりたくもないことを彼のために演技をするのである。
そして、決まって鞭を打つときは毛皮を羽織ってくれと約束され、マゾヒズムの象徴となる。

 

毛皮02

毛皮02

L) http://www.shift.jp.org R) http://www.pinterest.com

 

結果的に、その演技は本物に変わり、ワンダはセヴェリーンに「教育」を受け、
拷問者へと人格教育を受け変貌を遂げていく。
ここで言うワンダは、実はセヴェリーンの犠牲者であって、真の拷問者ではない。
そして、「教育」と「契約」は、マゾヒズムの本質と捉える必要がある。
ちなみにワンダは第三の男と「治療」という目的でセヴェリーンに手紙を残し家を去るシーンがあるのだが、
セヴェリーンは、その行為に心から理解してしまうといった具合だ。

 

毛皮03

毛皮03

http://www.pinterest.com

 

もっと小説とマゾヒズムの話しをしたい所だが、この辺にして現在の投影への考察へ入ろう。
最近の秋葉原を筆頭にオタクという文化が広く知られ、アニメや同じ服を着たアイドルへ情熱を注ぐ人が多くなった。
これは、今まで隠してきた爆発的なカロリーなのだろうか?もしかしたら、
新規オタクが大量に参入していて、そこには「教育」と「契約」が密かに行なわれているのではないかと考える。
元祖オタクは実は今のスタイルでなく、もっとクールだったんじゃないかとさえ想像してしまう。

 

毛皮04

毛皮04

http://umikarahajimaru

 

ジャンルにもよるのかもしれないが、今のオタクファッションは近い。
ファッションに対する意識は置いといて、属性は同等と捉えてしまうのは編集部だけなのか?
現在のファッションも同様だろう。
そこには、セヴェリーンのような知識と教養を備えた真の変態、
またはマニアの僕たちには見えないメッセージが仕掛けられているのではないか!?

 

毛皮05

毛皮05

http://ikandesho.blog.fc2.com

 

そして、その現代のセヴェリーンはどのようなファッションでどのような暮らしをしているのか。
もしくは、本当に存在しているのか。もしくは、元祖オタクがセヴェリーンとしてオタクの楽しみを変換したのか。

 

ちなみに、この小説を書いたマゾッホは、小説を書いた後に、本当にワンダという女性がマゾッホに近づいてきた。
小説同様の体験をし、同様の結末を描いたという逸話がある。
結果的に、このマゾッホも同様に人生をコスプレしただけなのか、真の変態だったのか、
もしくは元祖オタクだったのかは、無能な私が考えるより、鋭い皆さんの意見に委ねようと思う。