ストリートファッションとカルトとミリタリーの体系 | Epokal エポカル

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RED 感情

ファッションに降る
ストリートの直感
ミリタリーカルトの体系

極寒仕様のコート、行動服としてのジャケット、
特殊素材にカムフラージュ、サーマル機能まで、
ミリタリーファッションとSPECの群を抜くセンス

5minutes

ファッションに降る
ストリートの直感
ミリタリーカルトの体系

極寒仕様のコート、行動服としてのジャケット、
特殊素材にカムフラージュ、サーマル機能まで、
ミリタリーファッションとSPECの群を抜くセンス

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ヒッピーからモードへ
『グンモノ』から遣る
アイコニックな言葉

MA-1、N-1、N2-B、M-51、A-2
型式呼称される50年前のデザインと、
ストリートモードのいたいけな幻想

季節を追うごとにファッションの流れは、いや、それよりももっとはやい速度で過ぎ去っていく。
ストリートに落ち込んでいるセンスを拾い上げた少し進んだ人たちはそんなファッションに中指を立てて、
それぞれの新しい‘ファッション’を作り上げる。そんなことも大きな動きとして、知っておくべきだと思う。

 

本来なら新しい未知に対して果敢であるべきファッション。
どうやら、とてつもなく遅い時勢の波がようやく訪れようとしているのかもしれない。
少しずつ狭まった大世界の中で僕が何をしていたいのか。あなたがどこへ表現したいのか。
本当に広い意味を探し出すことが、イージーな方法であっという間に手に入れることができるようになった。

多くの人が興味対象に対して、情報というリアルでタイムリーなインテリジェンスを持つことは、
つまり、本当の本物について、本物のニセモノについてよく識っているということであって、
他の人から評価されて初めて成立するファッションの中での嘘ほど馬鹿馬鹿しく見られるものはない。
人はより良いリアルで自分が面白いと思えるもの-今日やらなきゃマズイと感じること-感じて震えだすこと-を求める。

 

streets’ army

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http://rafsimonsblog.tumblr.com

 

いつの頃のシーンであっても、誰かにとってのフィーバーは別の誰かにとって既視感であふれるものである。
その中で新しいものを見つけられた時にはエモーショナルな部分が熱せられるとういうものだ。
そんな輪廻が起こることがファッションでは起こり得るのだから、
今日のソーシャルネットワークを通した世界中のインスピレーションが新しいストリートカルチャーを、
何かせずにはいられないモチベーションを突き動かすものを持っているかもしれないではないか。

 

今は亡き1990年代のファッションが高高と振りかざしたのは、
善悪しだけでは括れないエナジーのせいだったのだと思わされてしまう。
明確な方向性をリードしたのはそれぞれのアイコニックな
服やスニーカーやカバンやカシオだったことは誰の記憶にもあることだろう。
そんな意味では、今夜のストリートに『ミリタリー』という要素が濃く存在していることに何かの兆候を見ている。
1960年のイングランドでモッズムーヴメントが波及しはじめた時から、ウッドストックへと持ち出され、
1990年代のモードのベースメントにステータス化されるまで、
いつでも『ミリタリー』というファクターは新しいシーンのはじまりを告げていた。

 

streets’ army

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http://www.blendbureaux.com
 

ストリートにモード感覚を持ち込んだ『martin margiela』は、こうした場合には外すことのできない役を演じてきた。
デビューシーズンからメンズコレクションの中にミリタリーモチーフを多用してきた
マルタン・マルジェラがよく使ったのは、フレンチミリタリーをアレンジしたデザインや、
古いユーティリティワークウェア、ブーツ、サーマルシャツの様に、
ユーロサープラスに対する充実した知識が、彼の特有の‘マルジェラ感覚’によって披露された。

それまで…今でも、ミリタリーファンくらいしか眼を向けなかったカムフラージュパターン、
生地や素材感の遊び、スペックや仕様というディテールを意識したのは、
日本というシーンにおいて大きなステップになった。
ヴィンテージ古着とモードの会逢する場所として『martin margiela』は、確かに東京らしいモードの先端だった。
最もマルタン・マルジェラらしい時期のコレクションの中心にはきっと、
ミリタリーというアーティザナル-1つずつ積み上げられたストーリーが存在していたのである。

 

1990年代、古き善きミドルクラシックの日々を振り返って、それを振りかざしたい訳ではないことを、
‘あの日’を過ごした人であれば共通理解に持っていることだろう。
19世紀末のベル・エポックでパリがモダニズムファッションを開放した時から数えても、
1990年代のメンズモードは比類なく輝く御旗を掲げた時代であった。
ムッシュが厚顔を連ねる‘男性物’のファッションこそは退屈を飽きつくした体制でしかなかったところに、
鋭い感性で切り込んだデザイナーがいた。マルタン・マルジェラは紛れもないその内の一人であり、
ラフ・シモンズのユースカルチャーとの融合にヘルムート・ラングのスタイル、
ミリタリーやワークというエレメントを彼らは独自のエッセンスでぶち壊し、構築した。
‘ファッション’は、いつの時代にも見つけられなかったクオリティを作り上げ、
そしてその日、繊細で強く、危い感性に僕たちは何を見ていたのだろう。

 

streets’ army

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多文化主義の精神で簡単に自分の方向を見失う今、ファッションが面白いとは胸を張れない。
メンズファッションとモード、コレクションというスペリオールなメッセージが遺したのは、
その時その時の‘今’を感じとる特異な感性だったのだとは考えられないだろうか?

 

Rick Owens – 2013 Spring/Summer

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http://www.vogue.com

Raf Simons – 2014 Fall/Winter

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http://www.vogue.com

Raf Simons – 2011 Fall/Winter

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http://www.vogue.com

Dries Van Noten – 2014 Fall/Winter

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http://www.vogue.com
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http://www.vogue.com

 

今となっては、単なる服で何かを為そうとするよりももっと楽しくてかっこいい種が無限に落ちていることに、
かつてファッションからインスパイアされたハイエンドな人々は既に気がついている。
ソーシャルネットワークは僕たちに理由を与えてくれる。
何をやろうとするのも、何かをやらないで止めてしまうことも、それで僕たちは意味を探し出そうとするからだ。

 

ファッションは本気でファッションに浸かった人たちから順番にこぼれ落ちていくほどまでに疲弊している。
誰がどうリアクションをとったとしても、そう感じずにはいられないし、今日のファッションが最高だとは全く思わない。
けれど、何度目かの周期をたどるファッションを、もう初めてではない一つのシーンの感動を達観して眺めている。
そんなジェネレーションの言い訳をしたくはない。

だから、今から‘単なる’ファッションだけで面白いことを覚えていきたいとも思う。

 

シーンの根幹に土壌としてあったファッションの常識から飛躍して、モードの視点が最も面白いものであった時に、
同じ様にその大げさな見た目からミリタリー物の衣服も敬遠されることが少なくはなかった。
その2つのファクターが交叉するのは、両端ともに、
袖を通せば理解る・通さなければ理解らないという深度に満たされるところである。
真新しい時代のデザイナーがそんな原典に手をつけたのは当然のことであるし、
その衣服を見る眼がもしも十分に光りを持つものであれば、そこに価値をもたらせることが出来る。
大胆なデザインに繊細な細部、それに対して自分でお金を出して所持し、着てみてはじめて奥行きがわかり得る。
ミリタリーというカルトと現代のデザイナーたちに同じ水が流れるのを見ている。
もしかしたらミリタリーというエレメントとは、ファッションにとっての聖杯なのかもしれない。

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