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日常がモードを
連れてくファッション

贅沢な日常こそに
ファッションの真意がある

オーセンティックなランウェイや学芸会のような広告的なメッセージに日常のモードの大切さを教えてくれるカール・ラガーフェルド

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もう一度立ち返ってみよう。

そう思ったのは最近のシャネルのコレクションを見てだった。
80代のカール・ラガーフェルドには、新進気鋭を付け入る隙を与えてくれないストイックさを持っている。
TOKYOコレクションと見比べると、それを強く思う・・・・。

 

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ヨーロッパのコレクションシーズンとなれば、ランウェイを気取りながらオーセンティックに歩くモデルたち。
見慣れた風景の中に、どこか大事なストーリーを見落としているように思う。
デザイナーの発信は、どこまで届いているのか?ディテールや素材やデザインでの満足がヨーロッパを支配する。
ビックメゾンは目立つだけのコレクションをしながら金をばら撒きラグジュアリーに生きようとする。
果たしてコレクションの目的とは、、、ストーリーを感じることのできるライブにそれはない。
日常の無縁のモードの敷居が時をかけてボタンの掛け違いをしたように思える。

 

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そんな中、シャネルのライブには、日常のファッションがどれだけ貴重だったのかと思わせる程の、
洒落っ気たっぷりにファッションと日常の当たり前を教えてくれた。
そして、それはコレクションというライブでしかできない体験だと思う。
舞台をスーパーマーケットにしたりバーカウンターにしたり、
それらをクリエーションするカール・ラガーフェルドの80代の感度に頭が上がらない。

 

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日常の中にお洒落というゴミが落ちていて、モードが日常のゴミを拾った瞬間でもあった。
それは、日常でないモードが日常になくなったのか、日常にモードが必要になったのか・・・。
カール・ラガーフェルドは僕たちに何かのメッセージを残そうとしているように見える。
私には、エルメスのロングスカートにシャネルのスニーカーを合わせ、D&Dのトートバックを持って
紀伊国屋に買い物に行くペルソナが見えた。

コレクションは広告ではない。ファッションはメッセージをぶつける学芸会ではない。
TOKYOは、それをもう少し感じて面白いこととは何か、服とは何か、ファッションとは何か、
=目立つ・変わり者のまま終わっては、世界から見るTOKYOのファッションはオタク文化のコスプレ延長か
クールジャパンで終わってしまう。

 

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今こそファッションに日常というモードを。
モードには拾えるゴミはまだまだ落ちいている。