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LAと日本の温度差
lifeを生きる人々

自然体で毎日を過ごす人々はそのまま
生き方という禅の思想を示している

希釈されない時間の過ごし方を支持して日々のうつくしさを目に見えて具現化させたのはRon Hermanが最も澄んだ空気を生んでいる。

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サンフランシスコという街を感じて欲しい。

太陽とビーチと坂の街はほとんどすべてのアメリカ人が憧れる街として、爛爛とした虹彩を放ち、
Fixed Bikeと呼ばれるトラック競技用の自転車で風を切ることが最も似合う街の一つです。

また、全米一である高水準の物価、平均家賃からみて、すべての人が安住できる訳ではないこの街は、
自由で自然体で毎日を過ごす人々の集まる街でもあります。

波乗りをして、ヨガで呼吸を持続させ、ピストバイクに股がる姿はそのまま、
生き方という信条に通じる禅の思想を示しているのかもしれません。

 

2live or die in LA

2live or die in LA

http://hirofukui.tumblr.com/

 

サンフランシスコから眼を広げてLAを眺めようとすると、90年代をストリートで過ごした人であれば、
HipHopシーンで巻き起きたWest Coast – East Coastの間での抗争が暗暗と浮かび上がるはずです。
明らかにメディアがでっち上げたのは音楽史上最大の悲劇でした。

今日のダンスミュージック化したHipHopとは違い、
80年代後半から90年代のラッパーは確かにRapという武器をもって底辺からの脱出に縋っていました。

楽器すら買うことの出来ない黒人にとってHipHopは
フリースタイルで這い上がれるチャンスの塊にしか見えなかったでしょう。
皮肉なことに、栄えあるゴールデンディスクを獲得したアフリカ系アメリカ人のCDとは、
青い目の白人たちが娯楽代わりに消費したことの勲章でもあるのです。

買え買えとゴシップとプロモーションを手捏ねた果てに、
本当のフリースタイルを表現できる最高の詩人を僕たちは失ってしまったのです。

JazzやBluesと同様に90年代のHipHopは真実の声を持っていたのではないでしょうか。

そんな黒人たちの憧れもまた、サンフランシスコという街につながっていたのです。

 

2live or die in LA

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https://www.facebook.com/tupacshakur 

 

現在、自然体でリラックスしたスタイルを保つというような
西海岸・LAスタイルのファッションが街角の視線でトレンドを走らせています。

色の抜けたジーンズにVANSをオーセンティックにこなせばライトな印象が明るさを演出するかのように、
一歩抜けた感はこれまでにない幅の広いエイジレスな流行を生み出しました。

しかし、それは実際にLAにいきる当事者たちからすれば、
流行の通信程度にはまったく関係のないことことでもあります。
生真面目な日本というシーンでは「自然体でlifeをたのしむ」はメディアの作ったマーケットに過ぎません。

忘れてはならないことは、LAにいきる人々が、相応の仕事を手にしているということです。
彼らはきっと「働き」の意味をよく知っているのだろうと思うのです。

働くが遊びにも、遊びが働きにも通じるとは、
僕たちの過ごす一日が自然という大義にとっての糧となることを意味しています。

 

2live or die in LA

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http://www.castrostreetfair.org

 

今日、僕たちがしなくてはならないことはこの西海岸スタイル、
陽気で自然体でフレッシュであることを流行ではなく、タイムレスなものへと持続させる価値観をもつことです。

どうせせっかく死ぬのならアリンコよりも、LAスタイルでやりたいことをやる方が善い働きだと
ロングビーチまでつながる風がそう言っています。

遊びにも働きにも通じる一本の道は本来、僕たちが持つべき直接的な経験に営み、
ライフサークルの充実した実践なのだと知覚することができます。

それを自由でリラックスした日々で表現することは、案外最も難しいことです。

全米一と言われる高物価の街は、考えや実践する以前に、当たり前のものとしての生活そのものに対する意欲が高い。

ゆとりという観念を銀行残高と同意にとらえるアリンコには決して訪れない境地ではないでしょうか。

 

2live or die in LA

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http://www.ronherman.com 

 

そうしてLAという都市の背景や人物像をつなげて、生き方とも言うべきなのか、
日々のうつくしさを目に見えて具現化させたのは「Ron Herman」が最も澄んだ空気を生んでいます。

これまでのファッションとセレクトショップの体系からは
少し趣きの違うことを感じるこの風はどこからきたのかフワッとビーチの香りが漂いました。

ここは、なんでも知った顔の近所のお兄さんの部屋のようで、女の子にモテることも、
女の子にはわからない格好よさも秘めている気がした、あの部屋に還った心地があるのです。

ショップのイメージを徹底的に作り込むビジュアルの手法は元来のファッションが得意とするものでした。

Ron Hermanの自然体を生み出すオーガニックなコンセプトでは、
ある程度の余地を僕たちの感受性に委ねているように放置されています。

 

2live or die in LA

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http://ronherman.jp 

 

近年、Steven Alan Tokyo、today’s special、ART&SCIENCEのように
自然体や本質をもってファッションを楽しむといった日常のなかにある日々の過ごし方を
提案してくれるレーベルが体現してきたものとは、前述の遊び+働きのビジュアル化の一端であると感じているのです。

最も恐れなくてはいけないのは、流行り廃りで消費してしまう価値にあります。

これはすべての僕たちが気をつけなくてはならない問題でもあるのです。

欲しがれば欲しがるほどに、企業は脂肪を与えつづけるかもしれません。
もちろん、ごく一部の分別あるものは特別な存在ですが。

肥って肥って膨らんだ流行は必ず、瞬く間にはじけます。そのものがとても優れた価値であるにもかかわらずです。

もしかしたら、供給量と生産能力の飛躍的な効率化によって著しくクオリティを落とすものさえあります。

海辺に佇む一人のサーファーから始まった獣毛ブーツの皮革質の劣化にはオールドファンの涙さえ染みになりました。

本来ハードコアであったはずのブランドが一般的なアイコンへと薄められた結果、
ユニクロ化してしまうのはくやしいことですが事実です。

ライフスタイルとファッションは顕示するためだけのものではない、毎日の道具に過ぎないのかもしれません。
それでも、それだからこそ希釈されない日々の過ごし方が支持されてきはじめたのではないでしょうか。

 

2live or die in LA

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http://www.ronherman.com 

 

宮益坂をスキッドしながら通勤するのも良いし

8:30の渋谷駅のコンコースをバックサイドでテールスライドすることは

想像するだけでたのしい日々の入り口へつながりそうです

ブレイクポイントはいつものここにあると信じますか?

 

 

そうだ、時間をたいせつにすることが今日のたのしさになる

昼食にブリトーを買っていこう