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思春期の危険な香りは
いつもぼくらを魅了する

ソフトフォーカスな男子の目線は
幻想で美しいメロディーの記憶となる

思春期という鼻につく匂いの表現大人に成りすぎた女子を大人になれない男子が幻想というソフトフォーカスによる記憶の断片

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皆さん、「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」と聞いて何を思い浮かぶか?
ジェフリー・ユージェニデスの処女作でもある小説だ。
そして、これを映像化したのがソフィア・コッポラである。
タイトルは、皆さんも良くご存知の「ヴァージン・スーサイズ」。
この作品が初監督だったと記憶している。
以前に、写真家ディビット・ハミルトンの記事でも触れたのだが、
今回はヴァージン・スーサイズとソフィアコッポラに焦点を当てたいと思う。

 

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誰もが経験したであろう思春期という青春には、それぞれの匂いが鼻にツンっとくるものだ。
ヴァージン・スーサイズでは、同じ年の男女の関係の中の、男子の目線が音楽とリンクし甘美で非哀感を醸成する。
「ぼくら」という主語が、掴めそうで掴めない詩的な表現と態度に困惑しながら、
大人に成りすぎた五人姉妹のアウトラインを探そうとしている。
男子は誰もが経験したであろう女子の大人の香りに、
子供のまま育った「ぼくら」は、今もその香りを探しいるのかもしれない。

 

そして、その思春期の香りを見事に表現したソフィア・コッポラの音楽チョイスにも注目したい。
ほぼ、70’sの構成なのだが、中でも印象に残っているシーンは、姉妹とぼくらの深夜の電話だ。
会話をせずにお互いの感性とメッセージを音楽で電話越しに流し合うシーンは、
言葉を知らない思春期の心の闇と不安を伝えるには一番良い手段なのかもしれない。
むしろ、大人の交換日記のように思えてもくる。
思春期には大人には分からず、言葉では表現できないコミュニケーションが鍵なのかもしれない。
こちらがそのシーン。ビージーズのRun to MeやキャロルキングのSo Far Awayが心に染みる。

 

そして、監督のソフィア・コッポラにも注目したい。
95年にMILKFEDを友人ステファニー・ハイマンとスタートさせている。

きっかけは、X-girlの立ち上げに関わった影響があると言われているが、
当時は、ガーリーカルチャーの先駆者だったのではないだろうか。
親のDNAから映画の扉を開くのは分かるのだが、ファッションデザイナーとしての才能を開花させている
ところに、ガーリービジュアルやセンスがヴァージン・スーサイズに反映されていると感じる。
特に、姉妹のベットシーンは、写真家ハミルトンを彷彿させ、
パーティーシーンでのELOのStrange Magicの音楽ともに
ガーリーさとファッションと映像の絶妙なバランス感は青春期に見た僕には刺激が強かった。

 

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pinterest

 

改めて見ても、ハミルトン映画監督作品とは違う、現代的なソフトフォーカスを
再現!?し、その音楽とシンクロの楽しみと思春期の鼻につく危険な香りが
ヴァージン・スーサイズの見所なのかもしれない。
それにしても限りなくハミルトンとヴァージン・スーサイズのソフトフォーカスは
同じ時代の同じ空気感にいるような錯覚を覚える。

 

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そして、この世を断つ姉妹たちの映像は以前紹介したメラニー・プーレン
(殺人現場写真をハイファッションで再現した写真家)とも、共通する神秘性を感じる。

 

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ファッションという感度が、また別の表現を変え刺激を与えてくれる作品の1つだ。
そうやってみると、ニック・ナイトやハミルトンやソフィア・コッポラと表現は違えど、
ファッションという共通点を持ち、写真・映像という共通点を持っている点において、
興味深い感性の派生を感じる。