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青春の夏のブレイクスルー
誰もが感じた幻の夏

ある日グランドの風景が変わる。満たされていない革命と同時に起きた社会現象を体現。
僕達はあの瞬間に今後立ち会えるのか

ある日を境にグランドの風景が変わる。満たされていない革命と同時に起きた社会現象を体現。僕達はあの瞬間に今後立ち会えるのか

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小5の夏。僕達は決意をする。それも強い覚悟を持った同志4人で。
小学生の僕達からしてみると、それは当時は無かったヘソだしTシャツを着る
覚悟に近かったかもしれない。
その行為は、先輩や好きなあの子に馬鹿にされるリスクを払っていた。
そう4人では、少な過ぎる同志だったかもしれない。
僕達は、皆そうしたいに決まってると大統領にもなった気で、自分達を正当化した。
皆が待ってる。誰かがやらなければならないと。

 

ハーフパンツ01

ハーフパンツ01

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そんな正義感たっぷりに、僕らは母親にこう言う。
『母さん。ジャージを半分に切ってくれ』と。
僕は、まずはどうでも良いジャージを選び人生初めての「ハーフパンツ」を完成させた。

 

ハーフパンツ02

ハーフパンツ02

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今でも覚えてる。門を1人で通る時の緊張感を。僕は最初に着くのが嫌で、
いつもより10分遅れて登校した。
狙い通り同志は皆着いていて、サッカーを始めていた。
そして、恥ずかしさを見せず平然とプレイしていた。
いや、もしかするとサッカーに集中しないと、
ジャージが半分になっていた違和感に耐えれなかったのかもしれない。

 

ハーフデビュー初日の僕の対応は、覚えてはいないが、
いつもより4人は固まって行動していたかもしれない。
先輩には、ダサいと言われ、仲間にはどうした?と言われ、
それでもハーフをはき続けドラクエの様に、徐々に仲間を増やしていった。
一ヶ月が経って、クラブの半分がハーフになった頃、世の中は僕達をほおっておかなかった。
クラブ以外の普通の男子も続々とハーフになっていき、過半数をきった頃、
ダサいと言った先輩もハーフになっていた。

 

その時には、僕達はハーフの達人になっており、3着は持っていた。
トライアンドエラーを繰り返した僕達は、絶妙な丈と膝まわりの幅を理解しており、
ハーフ向けのジャージかを履いた瞬間から感じれるまでになっていた。

 

ハーフパンツ003-1

ハーフパンツ003-1

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アリーアダプターな僕達は、先輩の着こなしを陰で笑い優越感に浸っていた。
グランドの流行を作り出した僕達は、他チームにハーフを見せつけてやろう!
と思い、練習試合に向かう。もう恥かしさはなかった。
いや、むしろ先頭をきってこれ見よがしな、カリスマウォーキングをかましてたかもしれない。
相手グランドに着いた時にとんでもない光景を目の当たりにする。
それは、相手チーム全員がハーフパンツであった!
それも、お母さんの手作りではない。市販のハーフだった。。
さっきまで先頭きって歩いていた僕達は、試合をする前に負けていた。
そう、僕達チームは皆ハンドメイドのママハーフだった。
それも、ハーフ向けでないジャージを履いた先輩もいる。

 

ハーフパンツ03

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僕達が小6に上がった頃に、ようやくハーフパンツのユニホームを作ってもらい、
流行に遅れながらも追いついた。
今じゃ当たり前のハーフパンツには、
小学生の僕たちの革命と栄光と挫折が詰まった思い出なのだ。
マーケティング的に考えても、
あの普及のスピード感とノーマルに認めてもらうまでの母数の関係性を知りたいところだが、
それは置いておこう。

 

ただ、他校も誰かがカリスマになってハーフの勇気を持ったのには、間違いない。
当時のハーフを拡げた者だけのハーフ会をしたいものだ。
今の時代の流行には、こんな新しさが詰まっているだろうか?
モノやアイディアが多すぎの世の中で、
違いの当たり前を無視できる時代に僕達は何にトキメキ、
何に熱を帯び、何を犠牲にすればいいんだろう。
そんなほろ苦い思い出を思い返し、今日もレディガガの衣装を無視してみる。

 

ハーフパンツ04

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